慶應義塾大学理工学部応用化学科

研究分野

マテリアルデザイン

実社会に貢献できる
高機能な材料を設計し、「化学」で実現する

人類は様々なマテリアル(材料)の利用により生活を便利にし、社会を発展させてきました。更に豊かな未来を実現するため、より良いマテリアルの開発が求められています。マテリアルは原子や分子の集合体であり、構成要素の種類や構造の制御によって特定の機能が発現します。材料科学という分野は、無機化学や有機化学などの枠には収まらず、様々な知識を結び付ける必要があります。例えば、有機―無機複合材料が盛んに開発されています。目的の物質を合成する際も、物理化学や電気化学など様々な知識が応用されます。マテリアルの構造、物性、合成方法などへの理解を深め、新たにデザインしたマテリアルを「化学」に立脚して実現します。

マテリアルデザインの研究例

バイオミネラルに学ぶ機能材料の開発

生物が作る貝殻・真珠・骨などはバイオミネラルと呼ばれる高機能素材です。温和な水中で合成されるバイオミネラルは精密にデザインされ多様な機能を発現します。現在、環境に優しく高機能な材料が求められており、バイオミネラルに学びながら新素材を作り出す研究が注目されています。例えば、近年、バイオミネラルがナノサイズの微小な結晶ブロックの集積体であることが見出され、これをヒントに、様々な材料の微小ブロックを積木細工のように自在に集積する技術が開発されました。ここから、軽くて丈夫で安全な新素材、光でCO2を燃料に変える新素材、長寿命な電池素材など、人類に不可欠な新たなマテリアルが生み出されようとしています。

カタチある高分子で機能材料をつくる

π共役骨格などの機能部位を含んだ有機高分子材料や金属-酸素ネットワークから構成された無機高分子材料を、ナノからマイクロメートルスケールで構造制御してつくる方法を研究しています。さらに、構造制御された高分子材料を、様々な外部刺激のセンシング(センサ)、エネルギー貯蔵(電池)、水からの水素・酸素の製造(電極触媒)などへ応用し、性能の向上や新しい機能の発現に取り組んでいます。例えば、層状構造を有するポリジアセチレンの構造制御を行うことで、これまで測定が容易ではなかった摩擦力の測定が可能となり、筆圧を定量化することができました。このように、有機・無機の垣根を越えた新しい高分子材料の化学を開拓します。

電子スピンを活用した分子磁性材料

電子のスピンに由来する磁気モーメントが物質中で整列すると磁石になります。身の回りの磁性材料は鉄、コバルトなどを含む金属や金属酸化物からできていますが、分子材料では個々の分子が磁気モーメントの基本単位です。コンピュータを使うと分子中の軌道やスピンの広がり方を可視化でき、さらに分子のエネルギー状態を予測できます。結晶にX線を当てて分子の並び方を観察し、様々な物理化学的測定を行うと、分子材料の磁気特性が明らかになります。近い将来、炭素、窒素、酸素からなる軽くて強力な磁性材料が出現するかもしれません。

複素芳香環化合物を用いた有機機能材料

芳香族化合物は分子構造の多様性から、近年有機ELや半導体、蛍光プローブなどの様々な分野で材料として用いられています。その多くは炭素と水素から成る炭化水素化合物です。この芳香族炭化水素化合物の炭素原子をいくつか窒素や硫黄などのヘテロ原子へと置き換えることで、電子状態を変化させ発光波長やバンドギャップを制御したり、分子間相互作用を利用して分子を集積させるなど様々な物性や構造の変化をもたらします。新しい分子を設計し合成するという有機化学の技術と物性評価を行うという物理化学の技術を合わせることで、これまでよりも高性能で新奇な材料の開発が進められています。

ナノテクノロジーに立脚した発光材料の開発

発光材料は照明、ディスプレイ、セキュリティ、医療など幅広い場面で利用されています。このマテリアルは現代生活に欠かせず、社会や産業の発展と共に進化し続けています。最先端の研究開発ではナノテクノロジーが利用され、新規な蛍光ナノ材料が次々と報告されています。たとえば、発光中心となるイオンを一部置換固溶させて機能設計した酸化物ナノ結晶、量子効果と言われる現象が発現する半導体ナノ粒子(量子ドット)、炭素が主成分のカーボンドットなど、多様な種類があります。私たちは目的の機能を有する蛍光ナノ材料の液相合成および特性評価を行い、新規な光学機能の実現や従来の特性の改善を目指すことで発光材料の発展に貢献します。

応用を指向した蛍光ナノ材料の表面加工および複合化

無機ナノ粒子の分散性は、表面に吸着した有機分子(リガンド)の官能基の種類で制御できます。アルキル鎖が外に向いた状態でリガンドが吸着した粒子は、非極性溶媒中に良く分散します。このリガンドを帯電しやすい分子に交換すると、粒子間に静電反発が働き、粒子は水中に分散します。さらに、帯電した粒子は電気泳動するため、分散液に電場をかけると電極上に粒子の堆積膜が作製できます。以上のように、コロイド状のナノ粒子は加工性の高さが特徴です。材料間の静電吸着や、分散液をそのまま固めるゾル-ゲル法など、様々なテクニックを駆使して蛍光ナノ粒子を他材料と複合化し、応用する場面に適した蛍光性複合材料を開発します。

色素増感太陽電池

有機錯体が捕らえた光エネルギーを利用して発電する色素増感太陽電池は、従来のシリコン型太陽電池に比べて低コスト・低エネルギーで製造できるため注目されています。また、プラスチック基板を用いることでフレキシブルな素子を作ることができるという魅力ももっています。色素増感太陽電池は電解液や有機色素、酸化物半導体を用いた光電極など、化学に関連したさまざまな要素を組み合わせて構成されます。そのため色素増感太陽電池の性能を向上させるには、新しい有機色素の開発や電極の微細構造の最適化など、化学的な観点からのアプローチが重要です。

圧電セラミックス

物質が電気エネルギーと力学エネルギーを相互に変換する現象を圧電効果といい、圧電効果を示すセラミック材料のことを圧電セラミックスと呼びます。圧電セラミックスは、インクジェットプリンタや超音波診断装置など、我々の身の回りの色々なところに用いられている重要な材料です。しかし、多くの圧電セラミックスは有害な鉛を含んでいるため、その人体や環境への影響が懸念されています。無害でより優れた性能をもつ新しい圧電セラミックスを実現するため、構成元素や結晶構造、粒子のサイズといった様々なスケールでの構造設計に基づいて材料開発を行っています。

イオン液体中での電気化学反応

ある種の有機化合物の塩は室温以下の融点をもち、これらはイオン液体と呼ばれています。イオン液体は従来の水溶液などにはない様々な特徴をもつことから、電気化学をはじめとして、有機化学、生物化学、材料科学など様々な分野で注目を集めています。イオン伝導性をもつイオン液体は電気化学反応媒体として有用であり、エネルギー変換・貯蔵デバイスなどへの応用が期待されています。一方で、イオン液体中での電気化学反応に関する知見は未だ少なく、特にイオン液体・電極界面の構造やイオン間に働く強い静電的相互作用が電気化学反応に与える影響を明らかにすることが必要とされています。

金属の電解析出

金属イオンを電気化学的に還元することで金属を得ることができます。工業的にはめっき、金属製錬やエレクトロニクスなどの分野で幅広く利用されています。電解液の組成や電流・電位などの条件によって、様々な形態の析出物が得られます。また、イオン液体を電解液に用いれば金属のナノ粒子を作製することもできます。金属の電解析出・溶解反応を新たな電気化学的マテリアルプロセッシングやエネルギー変換・貯蔵技術へ応用することを目標として、イオン液体を含む様々な媒体中での金属の電解析出メカニズムの解明に取り組んでいます。