有機物質化学研究室

Laboratory of Organic Material Chemistry

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フトマターについては,国内外の多くの有機物質化学系の研究室において研究がなされていますが,当研究室Only One の特徴は,「非平衡系におけるソフトマター」の研究ができることです。「どういうこと?」と感じられた方,お時間があれば以下をお読みください。

「発達中の台風5号は,勢力を強めながら小笠原諸島近海を時速30kmで北上・・・・・」このようなアナウンスを,天気予報などでよく聞かれると思います。でも,ここでちょっと待って下さい。
「台風は,なぜ発達できるのでしょうか?」
1つの箱の中に高気圧領域と低気圧領域が存在する場合,必ず高気圧領域から低気圧領域へと空気の拡散が起こり,しばらくすると箱の中は均一な気圧となります。これは,熱力学第2法則すなわちエントロピー増大の法則にしたがう現象ですが,台風の発達は,最も低気圧領域である台風の目の気圧が周辺に対してさらに低下する現象です。
また,自然界を見渡すと,トラ,シマウマ,熱帯魚といった様々な動物において,空間周期的な体表模様が形成されています。これは体表において,色素分子が高濃度の領域と低濃度の領域とが空間周期的に交互に出現していることを意味しています。ところが,一匹の動物においては,全ての細胞のDNA塩基配列は全く同じであり,このように空間周期的な濃度不均一構造が出現することも,熱力学第2法則に反するように勘違いしやすい現象です。

「生物は神の手により作られたため,一般の物理および化学の法則が成り立たないこともあるのでしょうか?」

このような議論を進める前に,まずは自然界にはその形成機構および保持機構が全く異なった2種類の空間不均一構造が存在することを認識する必要があり,それは以下の2つです。
まず1つ目についてですが,物質の流れは正確に言うならば高濃度領域から低濃度領域へ向けて起こるのではなく,高化学ポテンシャル領域から低化学ポテンシャル領域へ向けて起こるので,ミセル相と臨界ミセル濃度の溶液相あるいは結晶相と飽和溶液相は化学ポテンシャルが等しく,平衡が成り立っている状態です。したがって,このような濃度不均一構造が出現するメカニズムは,平衡系の熱力学の立場から説明することができます。一方,2つ目については,なぜ化学ポテンシャルまでもが空間不均一な構造が定常的に保持されるのかを,平衡系の熱力学の立場からは説明することができません。この現象を説明するには,20世紀の中盤以降に体系化された新しい学問領域「非平衡熱力学」,ならびにその学問領域において提案された「散逸構造」という概念が必要です。

 ちなみにこの「散逸構造」という概念を提案したIlya Prigogine教授は1977年にノーベル化学賞を受賞しました。また,「歴代のノーベル化学賞受賞者の中で,物理学,数学,生物学,さらには社会科学の分野にまで最も幅広くその業績が評価されているのは,このIlya Prigogineである」という意見に対し,異を唱える研究者は少ないはずです。それは,この概念が非常に深い基礎物理学的考察と数理科学的解析に基づいて構築され,生命におけるいかにも生命らしい現象,すなわちバイオリズムやパターン形成といった現象が発生するメカニズムの解明につながり,さらには,景気循環や富の集中といった社会現象とも関連しているからです。

まずは,天下り的に「散逸構造:非平衡系の自己組織化」の定義から述べます。「散逸構造:非平衡系の自己組織化」とは,外部環境から高エネルギーの物質,あるいはエネルギーが流れ込み続ける非平衡開放化学系において,化学反応,物質拡散,および熱伝導といった不可逆な散逸過程が,ゆらぎを成長させることにより系が転移して出現した,一見すると熱力学第2法則に反するとの誤解を招き易い組織化された状態のことです。

台風に当てはめて考えてみましょう。台風がその勢力を維持あるいは発達させるには,そこに常に高温多湿な空気が流れ込むとことが必要です。この高温多湿な空気が気圧の低さから大気圏を上昇すると,上層は低温なため水蒸気圧は飽和蒸気圧以上となり凝結が起こります。水蒸気の凝結は大きな体積収縮を伴いますが,実際の空間の体積は一定であるため,気圧の大きな低下が起こります。したがって,周辺部との気圧差は維持あるいは増大することが可能となりますが,そのためには前述したように常に高温多湿な空気が流れ込むという非平衡な状態が必要です。それが無くなると,1つの箱の中に高気圧領域と低気圧領域が存在する状態と同様となり,気圧が均一な空間へと変わっていくことは,台風が日本に上陸したり,あるいはオホーツク海へ抜けたりすると,急激に勢力が衰えることと一致します。
では,生命についてはどうでしょうか?生命は生きるために,呼吸をして食事をしなくてはなりません。この行為は,高化学ポテンシャルの物質を常に外部環境より取り込み,それをシステム内で反応させて低化学ポテンシャルの物質へと変換させ,最終的にそれを外部環境へと排出しているという過程の繰り返しです。これらプロセスが化学の言葉では散逸過程であり,生物学の言葉では新陳代謝であります。
そうなんです。非平衡場ではゆらぎが成長できます。ゆらぎの成長により散逸構造が形成される過程を自己組織化と呼び,これはSelf-organizationという原語の和訳ですが,ミセル化および結晶化のような平衡系の空間不均一構造が形成されるSelf-assemblyも日本語では自己組織化と訳されているため,日本の化学材料分野では、特にSelf-organizationによる空間パターン形成が,Self-assemblyと混同されている場合が多いです。Self-organizationとしての空間パターン形成は,1952年に計算機科学の祖といわれるアラン・チューリングによってその発生メカニズムが予測されたため,その名を取ってチューリングパターンと名付けられました。そして1990年に,デンプンを含んだゲル中でCIMA( Chlorite - Iodide - Malonic acid )反応を行なうことにより,図に示すような定常的な空間周期パターンが形成される化学実験に人類は成功しています。
チューリングパターン リーゼガングリング
当然のことながら,このチューリングパターンのような化学ポテンシャルも空間不均一な非平衡系の自己組織化は,ミセル溶液あるいは結晶と飽和溶液の混合物のような化学ポテンシャルは空間均一な平衡系の自己組織化とは,全く異なる現象です。さらに,散逸構造すなわち非平衡系の自己組織化は,このような空間パターン形成には限られません。時間的な濃度ゆらぎが成長すれば,それはバイオリズムのような時間的振動現象となり,これもBelouzov-Zhabotinsky反応(右のビデオ)のように化学実験により作り出すことができます。また,地球上の生命においてアミノ酸はL体のみ,糖質はD体のみと,一方の鏡像異性体により独占されている現象についても,キラル対称性の破れという散逸構造の範疇の概念で説明することができます。
 

ところが,日本の大学の化学系学科においては,非平衡熱力学ならびにこの散逸構造という概念はほとんど教えられていないこともあって,「非平衡系におけるソフトマター」を応用化学の立場から研究しているのは,当研究室のみと言っても過言ではありません

  1. 興味をそそられた方
  2. 何だか良くわからないけど何となく面白そうに感じた方

どうぞ,研究室の扉をノックしてください。

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