慶應義塾大学理工学部応用化学科 有機物質化学研究室 

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ホモキラリティー起源 

なぜ天然のアミノ酸はL体のみ,糖はD体のみなのでしょう?これがわかると,医薬品,化粧品,食品,そして液晶材料の開発などにも有用です。アミノ酸及び糖類は非対称な分子構造であり,互いに鏡像の関係にあるL-体及びD-体という2種類の異性体が存在しています。通常の化学反応によってこのような分子の合成を行なうと,この両鏡像異性体は等しく合成されますが,生命現象を司る高分子物質においては,タンパク質のアミノ酸類はL-体のみ,DNA及びRNAの糖類はD-体のみと,一方の異性体により独占されています。このような分子の非対称性をキラリティーと呼びますが,生命においてはホモキラルな状態が出現しています。

医薬品材料,食料品原料,液晶材料,および吸油性ポリマーといった化学工業製品の観点からも,分子のキラリティーは重要な問題です。1960年代には,上に示すような分子構造のサリドマイドという物質の薬禍がありました。これは,サリドマイドの鏡像異性体の一方は有効な催眠効果を示すのですが,もう一方の異性体は催奇性を有する物質であったため,両鏡像異性体の混合物であるラセミ体のサリドマイドを服用した妊婦から,アザラシ肢症候群と呼ばれる子供が生まれたという問題です。したがって,生命と同様に鏡像異性体の一方のみを選択的に製造するプロセスは,医薬品開発の分野においては非常に重要な技術です。また,ディスプレイ用の液晶分子を鏡像異性体の一方のみとすることで,応答性が格段に上昇することも知られています。さらに,家庭用品として用いられる廃食用油の吸収凝固剤としてのポリマーも,そのモノマーユニットを一方の鏡像異性体のみとすることで,格段に性能が改善されることも知られています。
当研究室では,生命と同様なキラル対称性の破れ転移が起こる人工的な化学系の研究を行っています。キラル対称性の破れとは,その化学系がラセミ的な環境である状態が不安定化し,ゆらぎが成長して,鏡像異性体のどちらか一方で独占される状態へと転移する現象です。このような系は,撹拌の状態がほんのわずかに変わっただけでも,その挙動は大きく変動したりします。

そこで,「自発的にホモキラリティーを発生させる化学反応系、結晶化系、ベシクル系の挙動解析と設計」というテーマに取り組んでいます。人工的な化学系において,一方の異性体が自発的に製造されるプロセスを開発します。

また,「ホモキラル脂質系とラセミ脂質系の物性比較による化学進化過程の解析」にも取り組んでいます。人工的な化学系において,地球上の生命において,アミノ酸および糖はそれぞれL体およびD体のみですが,脂質においては状況が異なっています。細菌および真核生物はG3P型のリン脂質から構成されているのに対し,古細菌はG1P型のリン脂質から構成されていて,生物の種類によってキラリティーの偏り方は異なっています。

しかし,いずれの生物においても、ラセミ体とはなっておらず一方の鏡像異性体に独占されています。アミノ酸や糖がホモキラルであることにより,タンパク質の高次構造やDNAの二重ラセン構造が自発的に形成されます。したがって,脂質においてもそれがホモキラルでであることが,どのような物理化学的優位性をもたらすのかを検討することで,化学進化の過程が解析できると考えています。

自発的に形成する空間パターン

生命体においては,バイオリズムと呼ばれる様々な時間的,空間的,時空間的パターンが発生します。では,人工的な化学系ではどうでしょうか?

サンスクリーン剤の性能評価法の開発

「平らな塗工表面を作製する」なんて難しくも何ともないと思っていませんか?では,本当にそうか実際に試してみましょう。

機能性ベシクルの開発

輸送体やセンサーなどの材料として注目されているベシクルの安定性,サイズ,形状などを高度に制御するための技術を開発しています。

運動するソフトマターの創製

生命体の特徴でもある運動性は,人工物にも見出すことができます。分子の性質から,運動する物体をどうやってつくるか考えてみましょう。