2.日本近海の離島、船舶における大気観測


 近年、世界的規模でのエネルギー消費の拡大に伴い大気汚染物質の放出も増加し、その大気環境に与える影響は、1国にとど まらず地球環境問題となってきた。特に、東アジア地域においては、経済発展の著しい中国から膨大な大気汚染物質が偏西 風によって日本近海にかけて輸送されていることが明らかとなってきた。このような東アジアからの大気汚染物質の日本近 海への長距離輸送の実態と大気環境に及ぼす影響を明らかにするために、長期間にわたり継続的に広域での大気観測を行う 必要がある。当研究室では、科学技術庁戦略的基礎研究の一環として、東京大学、大阪府立大学、国立環境研究所と共同で 日本近海の離島の沖縄、隠岐、利尻、海洋調査船“白鳳丸”、“みらい”において大気観測(下左図参照)を行い、大気 粉塵中の化学成分の測定を行ってきた。
 下右図は沖縄と隠岐におけるエアロゾル中の主要なイオン成分濃度の変動を示した。非海塩性硫酸塩(nssSO4 2-)、人為起源の硫酸塩)の大気濃度は、6月から8月の夏季は1μg/m3 以下と非常に低く通常の海洋大気並の濃度レベルであった。しか し、冬から春にかけて10μg/m3 を越す高濃度ピークを度々観測した。一般に日本の都市大気は5μg/m3 程度であり、この 時期人為的な発生源の無い離島においても大気汚染物質濃度が都市大気並になっていることが判った。しかし、人為起源の 非海塩性硫酸塩濃度が高いからと言って必ずしも酸性度を表す水素イオン濃度も高い訳ではない。冬から春先の時期は非海 塩性カルシウム塩(nssCa2+ )濃度も高く、非海塩性硫酸塩(nssSO42-)を中和する働きが あることが判った。


 また下左の写真は1998年4月に沖縄で採取した大気粉塵の試料フィルターを示した。通常大気粉塵を捕集した試料フィルター は上段に示すように白色である。しかし、4月15日以降は写真に示す様に黄砂(褐色の粒子)を捕集したため試料フィルター の褐色が変わった。気塊の輸送経路を知る手法として後方流跡線解析がある。この方法はある時間における観測地点の気塊を 、気象データを基に一定時間ごとにその位置をさかのぼって行く。例えば、1998年4月15日0:00に沖縄に到達した気塊に対し て、気象データを基に12時間前の位置、24時間前の位置とその輸送経路をさかのぼる。その結果、4月15日の沖縄での気塊は 中国北部からコビ砂漠から輸送されているのが判った。従って、4月14日以降沖縄で採取された褐色の粒子は、コビ砂漠から 輸送されてきた黄砂であることが推定された(した右図参照)。

 下左図に沖縄、隠岐における後方流跡線を用いたセクタ区分別大気汚染物質濃度の結果を示した。 非海塩性硫酸塩(nss-SO32-)に関しては、沖縄の場合気塊がSouth- China(4.25μg/m3)とNorth-China (3.74μg/m3)を通過してきた場合に高濃度となり、中国から長距離輸送されてくることが明らかとなった。
 沖縄と隠岐でのセクタ区分別の非海塩性硫酸塩濃度を基にして硫黄化合物の約50%が中国大陸起源であることが判り、大気 汚染物質の越境汚染の実態が明らかとなった(下右図参照)。


 当研究室では拡散スクラバーによるガス捕集方法とイオンクロマトグラフィーによる分析方法を組合せた 大気中微量ガス成分(HCl、HNO3、SO2、NH3)濃度を自動連続測定できる装置 (下写真参照)を開発してきた。本装置を用いて、1990年代の過去10年間に“白鳳丸”や“みらい”といった海洋調査船において、西部太平洋地域における海 洋バックグラウンド濃度レベルの測定を行ってきた。また、1997年度から科学技術庁戦略的基礎研究の一環として開始さ れたプロジェクトに参加し、沖縄、隠岐、利尻等の離島において広域的かつ継続的に大気観測を行ってきた。
 1990年代の過去10年間における大気観測の結果、酸性ガス(HCl、HNO3、SO2)の海洋バックグ ラウンド濃度レベルは サブppbv程度であり、都市地域における濃度レベルに比べて10〜100分の1以下と低い値であった(下の図を参照)。




 後方流跡線解析(backward trajectory)の手法を用いて、東アジア地域において中国などから日本近海への大気汚染ガ スの長距離輸送過程についての考察を行った。図には各地域から気塊が到達したときの沖縄及び隠岐における酸性ガ スの平均濃度を示した。酸性ガス濃度は沖縄に比べると汚染地域の近い隠岐の方が高濃度であることが判った。隠岐にお いては、特に中国・韓国地域から気塊が到達したときのSO2濃度が高いことから、硫黄酸化物がガスの形態のままで日本近 海まで長距離輸送されていることが判った。


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