慶應義塾大学理工学部応用化学科

研究分野

環境・分析・化学工学

グローバルな課題や新たな課題を「化学」で調べて解決する

世界の経済発展は、膨大なエネルギー消費、環境汚染の拡散、異常気象を引き起こしています。いままさに直面する緊急課題を解決するためには、環境化学、分析化学、化学工学にまたがるグローバルなサイエンスとテクノロジーが必要です。例えば、健康被害の原因となる大気中微粒子の捕集技術開発と濃度分析によって、各地域に警鐘を鳴らします。安価なポータブル分析デバイス開発によって、被災現場のようなインフラが復旧しない状況下でさえ病状や飲食物の安全性を容易に知ることができます。また、日本発祥のファインバブルサイエンスとコンピュータシミュレーション技術によって、環境浄化、安心・安全な洗浄、水質浄化を実現します。

環境・分析・化学工学の研究例

眼に見えないナノサイズの微細気泡「ウルトラファインバブル」

ウルトラファインバブルは水中を半永久に漂い続ける見えないほど小さな泡です。不純物を全く含まない超純水(左)はレーザーを当ててもほぼ何も見えませんが、水中のウルトラファインバブル(右)はわずかにレーザー光を散乱するので光跡のみ見ることができます。ウルトラファインバブルは日本発祥のユニークな新素材で、洗剤を使わないエコロジカル洗浄、中空メタル球触媒、アレルギーの少ない医療用殺菌技術、安全な食品添加物、農作物高速育成、海産物の効率的養殖、貯蔵・輸送中の鮮度維持など、極めて広い分野でユニークな活用が進んでいます。本大学理工学部はファインバブルサイエンスの研究拠点として世界をリードしています。

流れのシミュレーションを利用した化学装置の設計

スタティックミキサー(静止型混合器)と呼ばれる液体混合装置に、水と油を流入させると流れの屈曲により油滴が変形・分裂を繰り返し、出口で小さな油滴が得られます。外部から混ぜるための機械を挿入せずに、流すだけで油滴の微細化が可能なため、コンタミネーションの防止、プロセスの省スペース化、熱による変性の防止など多くの利点があります。化学工業や食品工業において、このような複雑な形状の装置を設計するためには、コンピュータシミュレーションが活用されます。流れの計算を行うことにより、流速や圧力の実測が困難な複雑な形状や極めて小さな装置、あるいは実用規模の大型装置を開発・設計しています。

印刷技術を用いた安価かつ簡便分析用ペーパーデバイスの開発

医療、環境、食品、バイオ分野での応用を目指した低コストかつ小型な実用性の高い化学センサーの研究開発に取り組んでいます。最新の印刷技術によって、様々な基板材料を機能化し、一般ユーザーが簡便に使用できる分析デバイスを再現性良く作製しています。特に「紙」を基板材料として用いたデバイスの研究開発をしており、既存の化合物だけではなく、有機色素、生物発光基質、有機・無機複合材料などの新規機能性材料・分子も応用しております。紙を基板としたデバイスは、安価に生産が可能であり、使用や廃棄の面で取り扱いも容易であるため、資材の限られた発展途上国での医療・環境分析や先進国での在宅医療での利用が期待されています。

蛍光イメージングと治療を同時に行うケミカルプローブの創製

2008年のノーベル化学賞のきっかけとなった緑色蛍光タンパクの発見と応用によって、分析化学分野における光学イメージング技術は飛躍的に向上してきました。特定の物質に応答することで色変化または発光を示す機能性分子は光学イメージングに必要不可欠であり、新たな機能を持つ蛍光、生物発光色素の開発を進めています。さらに近年では、イメージング(診断)に加え、治療も同時に行うセラノスティクス(Theranostics = 治療Therapeutics + 診断Diagnostics)に研究が展開されており、光学イメージングプローブとなる機能性分子の医療への応用が期待されています。

独自開発装置によるエアロゾル粒子の大量捕集とその生体有害性評価

大気中を浮遊する微小な粒子(エアロゾル)による健康への悪影響が懸念されていますが、その詳細な機構はまだわかっていません。エアロゾル粒子の健康影響を解明するためには、粒子の物理的・化学的性質と合わせて、細胞や生物への直接的な影響も調べる必要があります。そのためにはエアロゾル粒子を粉体としてたくさん集める必要がありますが、従来法であるフィルターを用いた場合、捕集後に粒子を取り出すことが困難でした。そこで私たちは、インパクターとサイクロンを組み合わせた大流量粒子採取装置を独自に開発しました。この装置は現在国内外の複数地点に設置され、世界各地のエアロゾル粒子の健康影響を調査する研究が進められています。

個別粒子分析法による実大気粒子の帯電特性の解明

大気中の微小な粒子(エアロゾル)が及ぼすヒト健康への悪影響を評価するためには、実大気エアロゾルの様々な粒子特性を理解する必要があります。大気エアロゾルは様々な排出源や生成過程をもち、さらには大気中で複雑に混合するために、写真(左)のように粒子ごとに多種多様な形状、特性を持っています。とりわけ、人体に取り込まれた際の粒子が肺内部に沈着する量を評価するために重要と考えられる粒子の帯電特性を調べるために、電子顕微鏡や原子間力顕微鏡を用いて粒子ごとの物理化学特性や表面電位(右図)を明らかにする研究を進めています。