慶應義塾大学 理工学部 応用化学科  高分子化学研究室
2001年

高分子と名付けられたものの運命

2001年から2020年の間に研究の方向はバイオ、IT、およびナノテクといった流れを通っていくつかの物質的な豊かさを獲得するだろう。そこに至るまでには人々は一層忙しくなって基礎と応用をともにしっかりと行う余裕がなくなってくるだろう。
 基礎では多くの分野が重要であるにもかかわらず必要でないという理由から途絶えてしまうことも起こるだろう。一方で広範囲な領域にわたるセンスを持つ人たちがニッチを獲得し、アイデアを実現させるためには高分子に限らず何でも用いていくという研究を行うようになっているだろう。一部では過度に応用に偏った研究を行っているうちに、そのグループの構成員のほとんどが高分子を専門としていないということも起こってくるだろう。
 当然、高分子以外の領域でもこのような空洞化は起こってくるだろう。そして徐々に生活スタイルは簡素なものへと移行して、発展ではなく維持のためにエネルギー、環境、食料、および命といったことに目を向けた研究が行われていくだろう。
 同時に、少数のこだわりを持った人たちによって高分子性を追求する地道な研究が行われ、そこから全く新しいことが発見されるだろう。この発見により高分子と生命との関係が今よりも明確になり、生命に対するとらえ方に大きな変化が起こるのではないだろうか。高分子は生体の存在そのものを語りうるものとして理解されるようになると思う。そのときはじめて生命がDNAやタンパク質を用いていることの本当の意味を知るようになるのではないだろうか。
 そこから社会全体に影響を与えるような新しいパラダイムが生まれることを期待している。それらの研究を実質的に引っ張っているのは今の小中学生である。これから彼らがどのような考え方や価値観を持つようになっていくのかが重要である。そのために充分なエネルギーを使って良質な教育プログラムを作成し、教育を行っていくことが急務であるように思う。

 そうやって生みだされた新しい人々によって高分子と名付けられたものは発展的な意味で新しい名前を与えられるだろう。何事も無常である。


この文章は高分子学会からの依頼で、会報「高分子」に掲載されたものです。
20年後の高分子を予想してください、という依頼だったと思います。
思わせぶりな文章で恥ずかしいです。それならだすなといわれるかもしれませんが、自戒の意味もあります。