1. 首都圏における酸性雨のネットワーク観測

2.ネットワーク観測による首都圏の降水中化学成分に対する三宅島火山ガスの影響

3.酸性雨問題研究会





1. 首都圏における酸性雨のネットワーク観測

 酸性雨の現象は、硫黄酸化物や窒素酸化物といった大気汚染物質の降水への取り込みによって生ずるものであり、 その実態及び生成機構を解明するためには、広域において継続的に降水を監視する体制の確立が不可欠となる。 米国では、NAPAP(National Acid Precipitation Assessment Program、国家酸性降下物評価計画)の下で全国300近い地点で 酸性雨の広域モニタリングが行われている。 又、 ヨーロッパでは、 EMEP(European Monitoring and Evaluation Program、 欧州測定評価計画)により、 23カ国68地点で降水が採取され化学成分が測定されている。 日本でも環境省をはじめ地方自治体等で 酸性雨の広域調査が継続的に行われ、 全国的な酸性雨のネットワーク観測体制が整備され、第1次酸性雨対策調査(1983〜1987年)、 第2次酸性雨対策調査(1988〜1992年)、 第3次酸性雨対策調査(1993〜1997年)、 第4次酸性雨対策調査(1998〜2000年)が実施され、現在に至っている。
 一方、 こうした行政による酸性雨の調査とは別に、 酸性雨問題がより身近な環境問題であることから、 社会的関心は高く、 研究者だけでなく市民レベルでの酸性雨のモニタリングが全国各地で多数行われている。 しかしながら、 双方の交流は少なく、 酸性雨のモニタリング観測の体制・目的の相違から、 互いに観測データを補完すると言った協力は行われていないは残念である。 我が国の大気汚染状況は、窒素酸化物濃度は幾分改善されているにもかかわらず、首都圏においては依然として雨のpHは低く、 汚染物質の輸送移動により酸性雨の地域はむしろ拡大する傾向にある。この様な首都圏広域における酸性雨の発生源・機構を解明するには、 まず首都圏に観測網を構築し、 降水中の化学成分を連続的・長期的にモニタリングし、その実態を把握しなければならない。 そこで、酸性雨問題研究会の世話人である田中(慶應義塾大学)、土器屋(気象大学校)、原(東京農工大学)を中心に、 平成2年より首都圏に位置する学校法人慶應義塾の施設を主として利用し、これまでに、東京、神奈川、千葉、埼玉、栃木、山梨の1都5県11地点に 降水採取地点を設け、年間を通じて降水を採取し、pHと化学成分の測定を行い、首都圏における降水中の化学成分の広域モニタリングシステムとしての ネットワーク(Tokyo Metropolitan Acid Rain Study, TOMARS)を構築してきた。 具体的には、慶應義塾の施設の5地点、 東京都港区三田(慶應女子高校)、 神奈川県横浜市日吉(慶應大学理工学部)、 藤沢市(慶應湘南藤沢中・高等部)、 埼玉県志木市(慶應志木高校)、山梨県山中湖(慶應義塾山中山荘)、協力が得られた他の施設の6地点、千葉県柏市(気象大学校)、 東京都八王子市(東京農工大学)、武蔵野市(横河アナリティカルシステムズ(株))、栃木県足利市(横河ウェザテック(株))、 神奈川県横須賀市(防衛大学校)、群馬県太田市(関東学園大学)の合計11地点に、自動降水採取装置(写真1参照)を設置して降水を採取し、 首都圏の降水のpH及び化学成分濃度の測定を継続的に行ってきた。


 

 
 酸性雨問題研究会の世話人の所属する大学の施設の利用と学生の協力により、首都圏において、広域・長期的に降水と乾性降下物を採取してきた。 各採取地点で採取された試料は、慶應義塾大学理工学部環境化学研究室へ送られ、試料のpH、化学イオン成分の測定を行ってきた。 これまで24年間に渡って観測してきた首都圏の降水のpH及び化学成分 (陽イオン:Na+、NH4+、K+、Ca2+、Mg2+、 陰イオン:Cl-、NO3-、SO42-)濃度の測定結果を表1にまとめて示した。 首都圏11地点における4366試料のpHの加重平均値は4.61となった。 自然界で汚染されていない降水のpHは5.6とされ、pHユニットで1以上下回っており、 H+イオン濃度で10倍の酸性物質が首都圏の降水に 取り込まれていることがわかった。また、首都圏11地点の降水のpHは4.23〜5.00の範囲にあり、首都圏の広域にわたって酸性雨の実態が観測された。

 
 1970年から現在に至るまで、全国各地の測定局における大気汚染物質濃度の測定結果は、「平成22年度大気汚染状況について、2012」 として環境省によって取りまとめられている。 これを基にして、図1に、日本における自排局(自動車排出ガス測定局、交差点、道路、道路端付近など、交通渋滞による自動車排出ガスによる 大気汚染の影響を受けやすい区域)での窒素酸化物(NO2)と浮遊粒子状物質(PM)の年平均濃度の長期的推移を示した。 1980年(S55)代から20年間に渡って、二酸化窒素(NO2)と浮遊粒子状物質(PM)濃度はほとんど横ばいの状態で推移してきたが、 2000年代前半(2004年、H16)から減少してきたことが明らかとなった。2000年前半の国によるNOx・PM法や自治体によるディーゼル車の排ガス規制により、 首都圏における大気中のNOx・PM濃度を減少させる効果が認められた。


 

 この様な2000年代前半の首都圏における大気汚染の改善は、当然のことながら、首都圏での降水のpHにも影響を及ぼした。 図2-a、図2-bに首都圏の各観測地点(日吉、柏、藤沢、八王子、山中湖、太田の6地点)の降水のpH(年平均値)の経年変化を示した。
 1990〜2000年の10年間には、首都圏の日吉、柏、藤沢の観測地点で降水のpHはほぼ横ばいで推移してきたが、2000年前半から現時点に至る14カ年は、 日吉、柏、藤沢、八王子、山中湖、太田のすべての観測地点で降水のpHは上昇傾向が認められ、首都圏の降水の酸性化が改善されていることが明らかとなった。


 

 

■首都圏のネットワーク観測による酸性雨の研究(1990〜2014年)観測データ集
1.降水中イオン成分濃度(年平均値)
2.降水中イオン成分濃度(個別試料)
3.湿性沈着量(個別試料)
4.乾性沈着量(個別試料)
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