3.海洋からの生物起源硫黄化合物の濃度分布と気候変動への影響
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図 海洋における生物起源硫黄の循環 |
海水中の硫酸イオンは植物プランクトンに取り込まれ、体内で有機硫黄化合物であるジメチルスル
フィイド(DMS、CH3SCH3)に還元される。生理作用により生成され排出されたDMSは難溶性・
揮発性である為海水から
大気へ放出される事が明らかになってきた(左図参照)。海洋大気中に放出されたDMSはOHラジカルと反応し、
SO2及びメタンスルホン酸(MSA)に酸化され、 更に硫酸に酸化される。 最終的に生成された硫酸は蒸気圧が小さく、
大気中で粒子化し雲の生成に必要な凝結核となる。 雲は太陽光を遮断し地表面が暖まる事を妨げるので地球を冷
却する働きがある。従って、 海洋から生物作用により大気に放出されるDMSは、 炭酸ガスとは異なり地球の温暖化
を結果的に抑制する作用があると考えられる。 又、 海水中のDMSの一部は光化学酸化反応により硫化カルボニィル
(COS)となり海洋から大気に放出される。COSは、 DMSとは異なり大気中で安定であり対流圏から成層圏へと輸送され
る。 成層圏にはユンゲ層と呼ばれる硫酸エアロゾル層が恒常的に存在し、 海洋から放出された生物起源硫黄のCOSは、
この硫酸エアロゾル層への硫黄の有力な供給源ではないかと考えられる。 ユンゲ層は太陽光を散乱し地表面の温度
を下げる効果があり地球の気候変動に大きく影響する。 こうした地球の気候変動の観点から、 海洋大気中におけるDMS
、COS等の生物起源硫黄化合物濃度の測定が行われるようになってきた。しかしながら、 全地球的な立場から言えば、
海洋大気中硫黄化合物の濃度分布及び海洋からの生物起源硫黄放出過程については未だ不明な点が多い。
そこで、 生物起源硫黄化合物の挙動を解明するために以下の2点について、主に検討を行ってきた。
@海洋における生物起源硫黄化合物(DMSP、DMS、MeSH、COS)の自動連続測定装置の開発
A海洋でのフィールド調査による生物起源硫黄化合物の濃度分布と挙動の解明
DMS、COS、MeSHの捕集には、Tenax-GC(0.5g)をガラスU字管に充填し約-104゚Cに保持したコールドトラップで冷却
捕集した。大気試料の場合は大気を9L吸引し、また海水試料の場合は海水30mlをHe(100ml/min)で15分間パージしDMS、
COS、MeSHを追い出し、 大気試料と同様にU字管に冷却捕集した。 捕集後、 U字管を加熱しDMS、COS、MeSHを再度追い出し
ガスクロマトグラフへ導入分離し、 FPD検出器により定量した。 これら一連の操作をシーケンサーで制御することにより、
自動連続測定装置(写真参照)を実用化した。また、海水中のDMSPは強アルカリを用いて加水分解しDMSとして同様に
本装置によって測定した。本装置により、 従来、 測定が困難であった海洋における微量な生物起源硫黄化合物を人的労力
をかけずに自動連続測定することが可能となった。
本装置を用いて、三河湾佐久島(名古屋大学佐久島観測所)をはじめ、 東京大学海洋研究所調査船・白鳳丸による太平洋や
インド洋での生物起源硫黄の測定を継続的に行い、生物起源硫黄化合物の挙動について検討を行った。 その結果DMS、COS
の海水濃度は、 沿岸域(三河湾)において554ng/L(n=873)、 87ng/ L (n=913)、外洋域(太平洋)において70ng/ L (n=1122)、
19ng/ L (n=519)となり、 生物活動が活発であり基礎生産量の大きい沿岸域において高濃度となることが判明した。また
DMS、COSの大気濃度は、 沿岸域において339ng/m3(n=835)、 1309ng/m3(n=462)、外洋域において
168ng/m3(n=1112)、 1871ng/
m3(n= 296)となり、DMSは海水濃度の増加に伴い大気濃度も増加することが判った。
そして、 これらの調査結果を基にして、海水中における生物起源硫黄化合物の生成・除去に関するモデルシュミレーショ
ンを行った。 DMSは主に海水中のDMSPの微生物分解によって生成し、微生物分解、 光化学酸化或いは大気放出によって除去
されること、 COSは有機硫黄化合物の光化学酸化によって生成し、主に加水分解によって除去されること、 そして、MeSHは
生成・除去共に微生物分解のみによって支配されている事が判った(下左図参照)。 次に、 本研究結果と他の研究者によ
り報告された生物起源硫黄化合物の海水及び大気濃度を基にして、全海洋からの海洋生物起源の硫黄放出量を算出したとこ
ろ、 DMS:34.5TgS/y、 COS:0.6TgS/y、 MeSH:5.4TgS/y、 CS2: 0.2TgS/y、 全体で40.7TgS/y(Tg=1012g、 百万トン)となった。 ま
た、 その大部分をDMSが占めていることが明らかになった。一方、 海洋からの生物起源硫黄放出量と比較して、人為起源硫
黄放出量はほぼ2倍の77.6TgS/yと推定されており、 本研究結果から、 硫黄に関しては人類による地球環境への負荷が深刻
であることが明らかとなった(下右図参照)。
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写真 生物起源硫黄化合物の自動連続分析装置 |
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図 表層海水における生物起源硫黄化合物の生成・除去プロセス |
図 各発生源からの硫黄の大気への放出量 |
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