FUJIHARA LABORATORY  
マテリアルのおはなし 

 化学は物質を分子・原子レベルで扱う学問ですが,さらに電子を扱うには,結晶,すなわち固体がその役割を果たします。固体の中での電子の挙動がそのまま,その固体の性質を決めるのです。 マテリアル研究のおもしろさは,電子を自在に操る楽しさから始まります。 そして,そこから「機能」が生まれます。

 固体中の電子は,分子中の電子とは全く異なる環境にあります。それは結晶を考えればわかるように,規則的に並んだ原子によって形成される周期ポテンシャルのなかにあるということです。このような状況下では,個々の電子のもつエネルギーはある幅を持つようになります。これをエネルギーバンドといいます。そして,このエネルギーバンドの様式を決定づけるのは,いろいろな元素の間で生ずる化学結合の多様性です。周期表を見れば分かるように,元素の組み合わせは無限にあります。したがって,我々が知らない固体の性質もまだまだあることでしょう。 ここでは,様々な固体の性質を,特に,酸化物固体に注目して,身近な例を挙げながら解説します。 

マテリアル物性その1:超伝導体(21世紀の夢?)  
 水銀を冷やすと,4.2K付近で電気抵抗がゼロになることがオランダのKamerlingh Onnesによって発見されたのは1911年のことです。それ以来,金属や合金を中心に,超伝導現象が観察されました。1986年になって,酸化物固体がそれまで知られていたどの超伝導体よりも高い超伝導転移温度(Tc)を持つことがIBMチューリヒ研究所のBednorzとMullerによって見出され,世界中で注目を集めました。高温超伝導の時代の幕開けです。彼らが発見した超伝導体の化学組成は(これは後になって分かったのですが),
  • La2-xBaxCuO4
というものです。希土類であるLa,アルカリ土類であるBa,遷移金属であるCuの各陽イオンと,酸素の陰イオンとが化学結合してできたイオン結晶固体です。この物質のTcは30Kぐらいですが、その後世界中の研究者たちがより高いTcを持つ物質を発見しようと競いました。このとき力を発揮したのが「化学置換」と言われる手法です。酸化物結晶の陽イオンの部分を他の元素で置き換え,超伝導特性がどのように変化するかが丹念に調べられました。その結果,次々と新しい高温超伝導体が発見されたのです。
  • YBa2Cu3Oy (Tc=90K,1987年)
  • Bi2Sr2Ca2Cu3Oy (Tc=110K,1988年)
  • Tl2Ba2Ca2Cu3Oy (Tc=125K,1988年)
  • Hg2Ba2Ca2Cu3Oy (Tc=135K,1993年)
 酸化物固体は,昔は,電気的には絶縁体だと認識されていました。たとえば,茶碗やタイルなど(これも酸化物固体です)に電気が流れるなんて誰も考えないし,実際に電気は流れません。同じように,La2CuO4という物質も絶縁体です。ところがLa(3価の陽イオン)の一部をBa(2価の陽イオン)に置換すると電気が流れるようになり,最適量の置換で超伝導体になります。これは、置換により固体のエネルギーバンドが変化するとともに,電気の流れをになう電荷担体(電子あるいは正孔)が生じるためです。現在,高温で超伝導を示す物質はすべて銅の酸化物をベースにしており,銅酸化物系超伝導体とも呼ばれます。

 高温超伝導体は,まだまだ我々の身近にあるというわけにはいきませんが,超伝導コイルによるエネルギー貯蔵,磁気浮上,ジョセフソン効果を利用した超伝導デバイスなどが実用化に向けて着実に研究が進められています。これらの多くはエネルギーや環境問題とも密接に結びついています。ロスのない電力輸送は地下埋設超伝導ケーブルにより可能となり、超伝導変圧器は,絶縁油よりも性能の高い液体窒素の利用が有効です。現代社会はシリコンテクノロジーを基本とするコンピュータ社会ですが,高集積化により,電力消費も膨大なものとなります。この消費の最大の原因が発熱による電力損失ですが,シリコンデバイスの発熱密度は,太陽の発熱密度に近づきつつあります。超伝導デバイスはこれを3桁ほど低下させることができます。今世紀に超伝導社会が到来するかどうかは,これからの研究にかかっています。

マテリアル物性その2:半導体(なんでもセンシング)
 半導体というと,普通はシリコンを思い出すでしょう。しかし,半導体というのは,エネルギーバンドにおいて,電子が詰まったバンド(価電子帯)と電子が詰まっていない空のバンド(伝導帯)の間にある程度のギャップを持つ固体すべてのことを言います。もちろん,酸化物にも半導体があります。ギャップができる原因も,やはり化学結合の様式です。代表的な酸化物半導体は,
  • ZnO(酸化亜鉛)
  • NiO(酸化ニッケル)
  • SnO2(酸化スズ)
  • TiO2(酸化チタン)
  • VO2(酸化バナジウム)
  • In2O3(酸化インジウム)
  • SrTiO3(チタン酸ストロンチウム)
などです。

 さて,半導体の電気伝導度は一般に温度の上昇とともに増加します。熱により電子が価電子帯から伝導帯に励起され電荷担体の数が増えるからです。これは、酸化物半導体を温度センサとして用いることができることを意味します。さらに、その感温性は、酸化物半導体に種々の添加物(これも酸化物です)を加えることによって制御されます。例えば、NiOにLi2O(酸化リチウム)を添加して、電気伝導度の温度依存性を変化させたりします。そして,ただ単に温度を測るということだけでなく,温度の変化を感知して,電気の流れを制御したりもできます。

  • サーミスタ・・・Thermally Sensitive Resistorのこと。温度を感知する半導体酸化物を特にこう呼ぶ。エアコン・冷蔵庫・電子ジャー・ファンヒーター・電子コタツ等,「温度」に関係した電化製品には必ず使われる。また,自動車の排ガス温度感知や,最近では,携帯電話・ノートパソコンに必須の二次電池の放充電時の温度制御にも不可欠である。
 また,酸化物半導体の表面に分子が吸着すると,その電気伝導度が変化します。これは,吸着分子と半導体との間で電荷移動が起こるためです。したがって,半導体は様々なガスのセンサとしても使われます。可燃性ガス(メタン、プロパンなど),蒸気,酸素,水素,一酸化炭素,硫化水素など,火災や中毒の原因になったり,不快指数を増加させたりするガスを検知してくれるおかげで,我々は快適に日常生活をおくれるのです。
マテリアル物性その3:イオン伝導体(燃料電池は次世代エネルギー) 
 最初の二つは,電子や正孔が電荷担体となっていましたが,今度はイオンです。食塩水に電気が流れることは,Na+イオンとCl-イオンとが電荷担体になっていることはよくご存じでしょう。実は,固体にもこのようなイオン伝導を示すものがあり,固体電解質と呼ばれています。固体では,水溶液ほど自由にイオンは動くことはできませんが,固体だからこそ,「形のある材料」として有効なのです。陽イオンも陰イオンも電荷担体になり得ます。前者の代表例は,Na+,Li+やAg+イオン,後者の代表例は,O2-やF-イオンです。イオン伝導体では,電子は動きません。これは,電子が動かないようなエネルギーバンド構造になっているからです。これに対して,電子伝導性とイオン伝導性の両方を併せ持つWO3(酸化タングステン)などのような固体もあり,電気化学素子として使われます。
  • b-アルミナ(Na2O・11Al2O3
は最もよく知られたNa+イオン伝導体で,層状の結晶構造をとり,二次元的なイオンの通り道があります。伝導度は,室温で約100Ωcmぐらいです。また,
  • ZrO2(ジルコニア)
は最もよく知られたO2-イオン伝導体で,結晶中に存在するO2-空孔を介してイオンが伝導します。この空孔の量とそれに伴うイオン伝導度を制御するために,Zr4+の一部を価数の異なる陽イオン(Ca2+,Y3+など)で置換します。

 さて、燃料電池は,固体電解質の両端に電極を付け,負極に水素,正極に酸素あるいは空気を導入し,正極で発生するO2-イオンが固体電解質の中を移動して負極で水素と反応し水になるというものです。ZrO2は高温(1000℃)で作動する燃料電池の固体電解質として用いられます。燃料電池はエネルギー効率が高く(ZrO2系燃料電池の発電効率は50〜60%),排ガスが水だけであるという非常にクリーンなエネルギーですので,将来の電力供給源として期待されています。ちなみに,自動車用に開発が進められている燃料電池は水素あるいはメタノールを燃料とする固体高分子型と呼ばれるもので,フッ素樹脂系高分子イオン交換膜が電解質として使われます。

マテリアル物性その4:誘電体(携帯電話はこうして小さくなった) 
 ここでは,電気を通さない固体の話です。これは誘電体とも絶縁体とも呼ばれます。電気を通さない理由は,半導体のところで述べた価電子帯と伝導帯とのギャップが大きすぎ,熱エネルギーでは電子が励起されないからです。このような固体に電界をかけると,「分極」が起こります。分極には次の4つの種類があります。
  • 電子分極・・・電子雲(負)と原子核(正)の変位
  • イオン分極・・・陽イオンと陰イオンの変位
  • 配向分極・・・永久双極子を持つ分子の分極
  • 界面分極・・・絶縁体中に含まれる欠陥、可動イオンの束縛
 固体の分極のしやすさは,誘電率によって表されます。窓ガラスの誘電率は6.9程度です。これに対して,
  • BaTiO3(チタン酸バリウム)
の誘電率は1200〜1500にもなります。これは,その結晶構造と関係があり,Ba2+,Ti4+,O2-がそれぞれ変位しやすい構造をとるためです。誘電体の一番の利用法はコンデンサで,高い誘電率を持つ誘電体ほど,そのサイズは小さくてすみます。最近は,何層も重ねた積層コンデンサが開発され,米粒の半分以下の大きさのものが実用化されています。

 携帯電話やPHSといった移動体通信は,準マイクロ波(800MHz〜1.9GHz)という高い周波数で使われます。(ちなみに,テレビ放送のVHFの周波数は数10〜数100MHz。)高い周波数の中から特定の信号を取りだすことによって通信が可能となるわけですが,具体的には共振器を組み合わせたフィルタが用いられます。電波のほぼ半波長と共振器のサイズが同程度になるときに共振が起こりますが,準マイクロ波の波長は数10cmです。空洞共振器ではこの程度の大きさの共振器が必要になりますが,誘電体共振器を使うと,誘電体中での電波の波長は誘電率の1/2乗に反比例するので,サイズも小さくできます。それでも,自動車電話が登場した当初は,共振器の体積は数10cmもありました。が,今,みなさんが使われている携帯電話の共振器は1cm程度です。これは,高い誘電率をもつ酸化物材料が開発されたおかげなのです。移動体通信技術の発展は,固体材料の発展にもよるのです。

マテリアル物性その5:圧電体(インクジェットカラープリンタの心臓部) 
 誘電体の中で,特に,結晶構造の対称性が悪いものに圧電体があります。圧電体に機械的な力が加わると分極が生じ,その両端面に正と負の電荷が現れます。逆に,圧電体に電界をかけて分極を生じさせると,機械的な歪みが現れます。すなわち,圧電体は「機械的エネルギー⇔電気的エネルギー」の相互変換を可能にする固体材料なのです。代表的な物質は,
  • PbTiO3
  • Pb(Zr,Ti)O3
  • Bi0.5Na0.5TiO3
などで,ペロブスカイト構造という結晶構造をとります。BaTiO3も同様に圧電体でもありますが,性能がよくないのでほとんど使われていません。これらの物質に対しても様々な化学置換が施され,種々の特性を有する圧電体が作製されています。

 音は振動ですから,圧電体に機械的な力として伝わります。これが電気信号に変わります。逆も同様で,電気を音に変えることができます。電話,スピーカー,ブザー,どれも毎日お世話になっていますね。特に,携帯電話の小型化には,圧電体材料を用いた送受話器の小型化も寄与しています。
 最近,インクジェットカラープリンタの高画質化がどんどん進んでいます。インクジェットプリンタのヘッドは,インクを圧電体で噴射しています。パソコンから送られた電気信号を機械的信号に変換しているのです。印刷スピードを落とさないで写真のような高画質を得るには,高性能で,耐久性に優れる圧電体材料が不可欠なのです。

マテリアル物性その6:レーザー(宝石=レーザー?) 
 ダイアモンド,ルビー,サファイア,・・・。天然に産出する「宝石」は数多くあります。ダイアモンドは炭素のみからできていますが,その他の宝石の多くは酸化物結晶です。その中にはクロムやマンガンなどの遷移金属イオンが微量含まれており,それらがきれいな色を出しています。さて,ミャンマー産が最高級で,紅玉とも呼ばれる「ルビー」は,酸化アルミニウムの一種で,化学式で表すと,
  • Al2O3:Cr3+
となります。酸化アルミニウム結晶の中で,Al3+イオンの0.01〜3%をCr3+イオンが置換しています。ルビーの赤色はこのわずか数%のCr3+イオンが紫外線や可視光線を吸収し,赤い色を発光するためなのです。この現象はフォトルミネセンスと呼ばれます。

 レーザーとは,Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation(誘導放出による光の増幅)の頭文字をとって名付けられたもので,一口にいうと,指向性が高く(まっすぐ進む),干渉性がよく,単色の光です。地上から月に向けてレーザーを照射したとすると,進行距離は約38万Kmですが,直径約3kmにしか広がりません。懐中電灯の光の広がりとは比べものになりません。
 1960年,アメリカにてレーザーの原理的可能性が報告され,すぐに,Maimanという人が実証しました。このとき用いた材料がルビーなのです。もっとも,天然のものではなく,人工ですが・・・。現在では,サファイアやガーネット系のレーザーが固体レーザーとして活躍しています。

マテリアル物性その7:蛍光体(蛍光灯=プラズマディスプレイ?) 
 ある物質に入力されたエネルギーが光として放出される現象を一般にルミネセンスといいます。上で述べたルビーの例は,入力されるエネルギーが光なので「フォトルミネセンス」です。電子線の場合は「カソードルミネセンス」,電場の場合は「エレクトロルミネセンス」,などといいます。そして,このような現象を示す物質のことを蛍光体と呼びます。

 テレビに使われているのは,それぞれ青,緑,赤の光を出す3種類の蛍光体です。ブラウン管方式のテレビでは,電子銃から18〜27kVのエネルギーをもつ電子線を発射し,これを蛍光体にあてて発光させます。実際の蛍光体材料は次のようなものです。

  • ZnS:Ag,Cl (青)
  • ZnS:Cu,Au,Al (緑)
  • Y2O2S:Eu (赤)
 現在,薄型テレビに移行しつつあるブラウン管式テレビの性能は,我々が日常,見ている限りは充分なものかもしれません。ですが,電子線を時間的に走査するという原理的な問題としての「ちらつき」,電子銃を使うための「消費電力」,ブラウン管の物理的大きさからくる「奥行き」など,課題も多いのです。これらの課題を解決する方向として,「薄型」,「低駆動電圧」,「低消費電力」といった特長をもつフラット・パネル・ディスプレイ(FDP)の開発が進められています。プラズマ・ディスプレイ(PDP),電界放射型ディスプレイ(FED)などがその例です。これらのディスプレイに使われる蛍光体には,ブラウン管にはなかったいくつかの重要な条件が課せられることから,新たな蛍光体の開発が必要です。上に挙げた硫化物系に加えて,酸化物での探索が進められています。
マテリアル物性その8:ニューガラス(機能をもったガラス) 
 我々が日常的に目にするガラスは,おそらく窓ガラスとガラス食器でしょう。テレビのブラウン管もガラスです。これらのガラスは,透明で,成型性がよく,着色が容易などといった特長があり,それらがガラス工業の発展をもたらしてきました。もちろん,装飾品や美術品としても重宝され,ベネチアンガラスなど,世界的に有名なガラス工芸品も数多くあります。

 以上のような使われ方をするガラスは「伝統ガラス」といわれ,その歴史の始まりは紀元前です。これに対して,最近「ニューガラス」というガラスに関する研究開発が盛んに行われています。ニューガラスの命は,形や綺麗さではなく,「機能」にあります。レーザー発振,光メモリー,光フィルタなどの光機能,光伝導,イオン伝導,エレクトロクロミックなどの電気機能,人工骨や人工歯などの生体機能などがその例です。

 シリカ系光ファイバーもニューガラスの一種です。シリカというのは,

  • SiO2
のことで,これを基本成分とするガラスをシリカガラスといいます。光ファイバというのは,情報を光として伝えるわけですから,透明な材料でなければいけません。ガラスはもともと透明だから光を通すのは当たり前だと思われる人も多いでしょう。しかし,我々の周りにあるガラスは実はそれほど透明ではありません。厚さ5,6mmの窓ガラスは透明ですが,これを1mまで厚くすると,ほとんど向こうは見えません。これは,ガラスに不均質な部分や不純物が存在するからです。
 光ファイバー中の損失の原因となるのは鉄やニッケルなどの遷移金属元素と水分(-OH基)です。シリカガラス系ファイバーではこれらの不純物をppbオーダーまで少なくして,1km進んでも95%以上の光が伝わる低損失化がはかられています。さらに理論的に損失の低いガラスファイバーとしては,
  • ZrF4-BaF2-AlF3-NaF
のような重金属フッ化物ガラスがあります。光通信で使われる赤外・近赤外線領域での透明性が高く,理論伝達損失がシリカガラス系の1/100であることが特長です。しかし,実際には製造の際に不純物として酸素や水酸基が入ったり,成分の揮発が起こったりして伝達損失が大きくなってしまうことが大きな課題です。