FUJIHARA LABORATORY 
化学統計熱力学 
このページは平成13年度まで担当していた化学統計熱力学演習(2年春学期)の参考のために作ったものです。 


化学統計熱力学とは
・・・ 化学に関する次のような基本的疑問に答えを出す学問

(1) ひとつの物質,あるいはいくつかの物質の集合について,ある外的条件のもとで,どのような状態が安定であるか。

    (例)H2Oはなぜ,1気圧下では,0℃以下で固体,0℃〜100℃で液体,100℃以上で気体なのか?

(2) (1)とは逆に,ある物質のある状態が安定であるためには,どんな外的条件が必要か。

    (例)H2Oが例えば80℃で気体として安定に存在する条件は?

(3) ある化学変化や物理変化が与えられた条件で起こるかどうか。また,その変化を起こさせるためにはどんな条件が必要か。

    (例)H2とO2が反応してH2Oになる条件は?

(4) ある変化が起こるときに,外界(周囲)との間にどんな相互作用があるか。

    (例)H2とO2が反応してH2Oになるときの熱の出入りは?

これらのことを平衡状態でのエネルギー変化(自由エネルギー変化DG)をベースにして考える。
1.熱力学第1法則 


 エネルギーの保存

       力学系・・・(全エネルギー)=(運動エネルギー)+(位置エネルギー)

       熱力学系・・・(内部エネルギー)=(熱)+(仕事)  

DU=Q+W (エネルギー保存則)

 系の状態変化(圧力・体積・温度等)を規定するために,内部エネルギーUを定義する。内部エネルギーの絶対値を知ることはできない。その変化のみ(熱と仕事によってわかる)を取り扱う。熱・仕事は系と周囲との間を移動するエネルギーの形態。 DUは,熱によるものであっても仕事によるものであっても,その両方によるものであっても,状態間の変化量によってのみ表される。これは,Uは状態量(変化の道すじに無関係),QおよびWは状態量でない(変化の道すじに依存する)ことを示している。

(例)DU=100Jmol-1に対して

    Q=100Jmol-1、W=0Jmol-1

    Q=50Jmol-1、W=50Jmol-1

    Q=0Jmol-1、W=100Jmol-1

    Q=-50Jmol-1、W=150Jmol-1

       ・・・
 

では,我々は今後,具体的に何を知りたいのか?  

(1) 状態変化(特に固・液・気相間)に伴うの出入り

(2) 化学変化に伴う熱の出入り(反応

(3) 変化がどちらに進むか(を温度で割ったエントロピーS)

(4) 変化が自発的に進むか(エントロピーS、自由エネルギーG)

(5) 変化がどのくらい進むか?(化学平衡:Gと関係する)

    → 今後は 熱量 Q を中心に取り扱う。しかし,Qは状態量ではないので扱いにくい。

          → Q を状態量にしてしまえば便利だ!!

 そこで「定圧」という条件(地上にいる我々の周りで起こる変化はほとんど1気圧下である)を導入しよう。一定圧力pのもとでの状態Aから状態Bへの変化を考える。このとき,仕事が体積変化のみによる(注1)とすると,

   W=−∫pdV=−pDV  (DV>0 → W<0,DV<0 → W>0)

ここで,pとVは状態量,したがってWも状態量 → Qも状態量(Qpと書くことにする)

第1法則より

   DU=Qp+W

   UB−UA=Qp−pDV

      =Qp−p(VB−VA)

   Qp=(UB+pVB)−(UA+pVA)

すなわち,Qpは(U+pV)の差で表される。そこでエンタルピーHを定義する。 

H=U+pV

そうすると,

   Qp=HB−HADH

一定圧力下で起こる変化に際して移動する熱量は,エンタルピー変化に等しい。


(注1)

 一般に「仕事」は,(力)×(変位)で表される。熱力学の世界に存在する力は「圧力」,変位は「体積変化」に他ならないから,熱力学で扱う仕事はpV仕事である。ただし,電池を取り扱う際,pV仕事の他に「起電力」と「電荷移動」の積で表される「仕事」が現れる。

熱容量 


 熱は熱容量と温度で表すことができる。熱力学では,定容熱容量および定圧熱容量が登場する。

   定容ではQVDUなので、

       定容熱容量:CV=dQV/dT=(∂U/∂T)V

   定圧ではQpDHなので、

       定圧熱容量:Cp=dQp/dT=(∂H/∂T)p

 


 以上で,内部エネルギーが仕事と熱の出入りで規定され,エンタルピーが熱量の一形態(定圧下)であることが理解された。これで,状態変化(特に固・液・気相間)に伴う熱の出入りと化学変化に伴う熱の出入り(反応熱)は計算できる。

 ところが,熱力学第1法則はエネルギー論そのものであるから,変化がどちらに進むか,変化が自発的に進むか,変化がどのくらい進むかという,いわゆる「平衡」に関する挙動を説明することができない。すなわち,例えば

  「熱が低温から高温に流れる」

  「熱エネルギーを完全に力学的エネルギー(仕事)に変えることができる」

という,実際には絶対に起こらない現象を熱力学第1法則は否定しない。

 そこで,平衡,あるいは平衡状態へと向かって動く傾向を示すための新しい熱力学量が必要となる。これがエントロピーSである。
 

2.熱力学第2法則  


 エントロピーSの定義  

dS=dQrev/T   (可逆過程)

 エントロピー変化: DS=Qrev/T (可逆過程)

 これは,「等温でのある状態変化に伴うエントロピー変化は,その変化を可逆的に行ったときに移動する熱量絶対温度で割ったものに等しい」ことを示している。(エントロピーは概念が抽象的であり,なぜ熱量を温度で割るかという問題は,直観では理解しがたい。エントロピーの歴史的経緯については成書に譲り,ここでは触れないことにする。)

 注目している状態変化が「可逆」「不可逆」かということは非常に重要であって,エントロピー変化DSを計算できるのは可逆過程のみ,不可逆過程で移動する熱量Qに対してはD Sは計算できない。したがって,DSの計算は,可逆過程での熱量Qrevをいかに導出するかによる。ここで熱量Qrevは,定圧下での等温変化ではDHの値,温度変化がある場合には,dQV=dU=CVdT (定容),dQp=dH=CpdT (定圧)を用いて求めることが多い。 

可逆と不可逆 


  可逆・・・平衡状態のままの変化の過程

  不可逆・・・自然に起こる変化の過程

(可逆過程は仮想的なもので,現実には絶対に起こらない。現実に起こる自然の変化はすべて不可逆過程である。)

 エントロピーは状態量であるから始めと終わりの状態にのみ依存し,途中の道すじには関係しない。したがって,系の状態Aから状態Bへの変化に対しエントロピー変化は可逆過程,不可逆過程に関わらず,

   SB−SADS=Qrev/T

で表される(ただし,直接計算できるのは可逆過程のみ)。(DSでわざわざ”系”と表すのは,周囲にもエントロピー変化があり,それは−DSに一致しないことがあるからである。)

 AからBへの変化が不可逆過程の場合,可逆過程になるような道すじ,例えばA→C→Bを考えだし,DSA→CおよびDSC→Bを計算して足し合わせることにより,エントロピー変化DSA→Bを求めることが可能になる。(エントロピーは状態量なので道すじによらない。)
 

エントロピー変化の本質  

 ここで,周囲および全エントロピー変化を考えることにより,系の状態変化が可逆的か不可逆的かを判断する基準を示そう。(エントロピーを導入する目的はここにある。)

{周囲との熱の出入りがある場合}

*可逆過程では,

 のエントロピー変化

   DS=SB−SA=Qrev/T

 周囲のエントロピー変化

   DS周囲=−DS=−Qrev/T

 エントロピー変化

   DSDSDS周囲DS+(−DS)=0

*不可逆過程では,状態Aから状態Bへの変化に対し任意の熱量Q(<Qrev)が発生する。しかしながらこの熱量Qからはエントロピー変化DSは計算できない。実際のエントロピー変化DSは状態変化が可逆過程で起こったとした場合の熱量Qrevに対してQrev/Tで表されるからである。

 のエントロピー変化

   DS=SB−SA=Qrev/T (Q/Tではない)

 周囲のエントロピー変化(これは,系との熱量Qのやりとりが可逆的と考えて

   DS周囲=−Q/T

 エントロピー変化

   DSDSDS周囲=Qrev/T+(−Q/T)=(Qrev−Q)/T>0

 以上より,周囲との熱の出入りが可能である場合,可逆・不可逆の判断は全エントロピー変化によってなされ,DS=0の場合は可逆過程,DS>0の場合は不可逆過程(自然に起こる)である。

{周囲との熱の出入りがない場合(孤立系あるいは断熱系)}

 系が状態変化を行うときに,周囲とエネルギー的(熱的)に遮断されていれば,Q=0であるから,系のエントロピーが変化しても,周囲のエントロピー変化は0である(DS周囲=0)。したがって,

*可逆過程では

   DSDS=0

*不可逆過程では

   DSDS>0

 よって,ある状態変化について,孤立系では,系のエントロピー変化のみによって可逆・不可逆を判断でき,DS=0の場合は可逆過程,DS>0の場合は不可逆過程である。 

3.自由エネルギー 


 以上のことから,エントロピー変化DSあるいはDS(孤立系)から変化の方向(不可逆過程)を判断する基準を得た。ここで,状態Aから状態Bへの不可逆変化に対する熱量Q,したがってDS周囲およびDSを求めることが困難あるいは不可能な場合がある。このようなとき,DS系だけの性質として表すことができれば便利である。実際にこれは,状態変化を「定圧」下で起こると限定すれば可能となる。これが自由エネルギーとして導かれるものである。

 周囲と熱の出入りがある場合,

   DSDSDS周囲DS−Q/T (Qは系と周囲の間を可逆的に移動する熱量)

いま,考えている状態変化が一定圧力下で起こるとすると,この変化で移動する熱量Qは系のエンタルピー変化DHに等しい。よって,

   DSDSDH/T (定圧)

右辺はすべて系の変化に対応しているから,DS系の性質のみで表されている。さらに,我々が慣れ親しんでいるエネルギーの次元で”DSDSDH/T”の関係を議論できれば,抽象的でわかりにくいエントロピーの呪縛から解放される。このためには両辺にTを掛けるだけでよい

   TDS=TDSDH

ここではTDS,TDSおよびDHはすべてエネルギーの単位を持つ。さきにエントロピーのところで説明したように, TDSが0なら可逆,正なら不可逆である

 エネルギーは高い方から低い方へ減少する方が安定と考えるのが自然である。例えば,位置エネルギーがそうである。これにならって,熱力学においても安定化の方向,すなわち不可逆が進む方向をエネルギーが減少する方向と規定した方がよい(エネルギーTDSは増加する方向が不可逆であることに注意)。以上の考えから,自由エネルギーGを,DG=TDSとして定義する。すると,

   DG=DH−TDS

今後は”系”を省略して,  

DG=DH−TDS (自由エネルギー)

HもSも状態量であるから,Gも状態量である。

 自由エネルギーは系だけの性質である。これによって,以下のように系の変化が議論できる。定圧・等温,仕事はpV仕事のみ,の変化を考えると,W=−pDVだから、

   DG=DH−TDSDU+pDV−TDS=Q+W+pDV−TDS=Q−TDS=Q−Qrev

可逆過程ではQ=Qrev,不可逆過程ではQ<Qrevなので,次の関係が得られる。

   DG=0 (可逆過程)

   DG<0 (不可逆過程)

 すなわち,不可逆過程(自然に起こる変化)では,自由エネルギーは減少する

 DHは定圧下,DSは等温下で変化する状態量であるから,定圧・等温下での変化に対してのみDGから変化の方向が判断できることに注意しよう。