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慶應義塾大学理工学部応用化学科 高分子化学研究室

2010年 秘すれば花

郷里の姫路には城がある。とても美しい姿と物語を持っている。広大な縄張りに螺旋状の堀をこしらえ、天守に至るまではいくつも門がある。その先に豪華な破風を持つ四つの天守が聳え立っている。これらは数多くの石垣と柱によってかたちを与えられている。そうして全体に均整の取れた美しさが現れている。この姫路城の西の丸には化粧櫓と呼ばれる櫓がある。

大天守に登るまでの城内に漂う、冷たく優しい空気をよく思い出す。これは年を経たものだけが持つ深みである。人の歳を重ねたものを加齢臭というらしい。わたしはこの言葉がどうも好きになれない。日常の生活でも人のにおいが気になることは多い。帰りの車内は仕事を終えて疲れきった人たちで一杯である。ここには様々なにおいが独り歩きしている。そして、われわれはこの中の臭いという存在を消そうとしている。

このような臭いに加えて、シミ、しわなどを隠すために人は化粧をする。この化粧はただ隠し、化かすための行為であろうか、あるいは自ら化けるための謀であろうか。化粧は美しいひとを目指す行為です、とひとは言う。自己を他と分かつための方法で、個性を表現する方法のひとつです、とも言う。化粧することに意味を考えるのではなく、化粧することによって現れる姿を美しいと思いたくなるときがある。

われわれはさまざまなことを経験してここにいる。ひとが経験によって成長し、教育はそれを導くものである。同時に、こうして得た知識やスキルをすべて消し去った跡に残るものが教育の結実したものであると聞いたことがある。それはその人から立ち上る匂いと言ってもいいかもしれない。それでは齢を重ねて醸し出される匂いを加齢臭と呼ぶのはふさわしいのであろうか。名をつけられたとき、そのものは限定され、その生命力を失う。匂いは臭いとなり、すべてが加齢の臭いになり、人はその臭いの原因を探し出すことに意味を見出そうとする。しかし、そこには本来の加齢の匂いはない。

ひとは櫓をつくり、そこに住まう美しいひとにちなんで化粧櫓と呼ぶようになった。そこにはひとびとの気持ちがある。物数を極めて工夫を尽くして後、花の失せぬところを知るべし。齢を重ねることが楽しいことであるように、加齢臭に代表されるような言の葉に惑わされるのではなく、秘することによって花の失せぬよう努めることがコスメトロジーであると思いたい。

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