柔軟な二次元材料の創製と機能開拓

概要

層状構造、ナノシート、ネットワーク構造など、二次的な構造をもつ有機および無機材料に注目し、分子・ナノ構造・材料設計によって構造の柔軟性を制御することで、分子や化合物のそのものの性質と二次元的な構造の相乗効果を生み出し、資源・環境、エネルギー、センサ関連分野における機能開拓および性能向上を目指した研究を行っています。また、これらの材料に関する研究において、小規模な実験データに対するデータ科学的手法と研究者の考察を融合したマテリアルズインフォマティクス(MI)や各種の工程へのオートメーション化を最大限に活用し、高効率な物質探索・プロセス最適化・性能向上を目指しています。

(1) 共役高分子材料の柔軟性制御とエネルギー関連分野への応用

ネットワーク構造や二次元構造の構築を通じた柔軟性制御により、酸化還元に伴うエネルギー関連応用(二次電池・水素製造触媒など)を行っています。

(2) 層状共役高分子の柔軟性・刺激応答性の制御と外部刺激の可視・定量化

層状ポリジアセチレンの柔軟性を制御することで、所望の刺激応答性の色変化を実現し、熱・光・力などの外部刺激を可視・定量化できるセンサ材料の開拓を行っています。

(3) 層状有機無機複合体の柔軟性制御に基づくナノシート材料の設計と応用

層状遷移金属酸化物へのゲスト有機分子を導入により層状構造を柔軟にし、表面修飾ナノシートのはく離による生成と、その再積層やコーティングによるセンサ材料や機能表面の構築を行っています。

(4) 実験主導マテリアルズインフォマティクスの開拓

通常、小規模なデータに機械学習を適用することは難しいと言われています。機械学習の結果に研究者の経験や知見を補うことで、小規模データに適用可能なマテリアルズインフォマティクスの開拓を行っています。

最近の研究に関連した総説・解説など

  1. 「結晶を活用した高分子の形の制御」
    高分子, 2017, 66, 221-222 (特集 高分子の形の制御).
  2. “Morphology Design of Crystalline and Polymer Materials from Nanoscopic to Macroscopic Scales”
    Bull. Chem. Soc. Jpn. 2017, 90, 776-788 (Award Account).
  3. “Crystal-controlled polymerization: Recent advances in morphology design and control of organic polymer materials”
    Journal of Materials Chemistry A 2018, 6, 23197.
  4. 「小規模データによる実験主導マテリアルズインフォマティクス」
    高分子, 2020, 69, 290-291 (特集 ビッグデータとデータベース).
  5. “Intercalation and Flexibility Chemistries of Soft Layered Materials”
    Chemical Communications 2020,56, 13069-13081.
  6. “Exfoliation Chemistry of Soft Layered Materials toward Tailored 2D Materials”
    Chemistry Letters 2020, 50, 305-315.
  7. “Materials Informatics for 2D Materials Combined with Sparse Modeling and Chemical Perspective: Toward Small-Data-Driven Chemistry and Materials Science”
    Bulletin of the Chemical Society of Japan 2021, 94, 2410-2422.
  8. “Nanoarchitectonics for conductive polymers using solid and vapor phases”
    Nanoscale Advances 2022, DOI: 10.1039/D2NA00203E.

(1) 共役高分子材料の柔軟性制御とエネルギー関連分野への応用

キーワード:共役高分子・柔軟性・二次元構造・ネットワーク構造・非晶質・エネルギー関連応用

 共役高分子材料の独自の合成方法およびナノ構造制御方法を開拓しています。これまで、結晶間隙のテンプレートとしての利用、重合と結晶化による相分離などの新たな手法により、ナノからマクロスケールに階層的に構造制御された共役高分子材料を作製してきました。得られたピロールやキノンを含む共役高分子は、ナノメートルスケールの高比表面積構造とマイクロメートルスケールの構造による階層構造に由来し、物質の拡散経路と多くの反応界面などを両立することができ、電池やキャパシタなどのエネルギー貯蔵応用において優れた性能を示します。

 ヘテロ芳香族モノマーを、通常のような溶液中での重合とは異なる方法で、有機および無機酸化剤と固相、液相、気相で反応させ、ナノ構造や形態が制御された高分子材料あるいはそのコーティングを得る新しい手法を開拓しています。例えば、酸化剤結晶と揮発性のヘテロ芳香族モノマーの液体を同一の容器内に封入しておくと、酸化剤結晶表面や反応容器内壁や封入した任意基材への共役高分子コーティングがおこります。特に、酸化剤の中でもキノン誘導体に着目し、その酸化・還元活性を合成時および応用へ活用しています。ある種のキノン誘導体はヘテロ芳香族モノマーとランダムかつ2次元に共重合し、乱層グラフェンに類似した非晶質な層状構造を形成することがわかりました。得られたグラフェン類似の共重合体は、白金代替を目指す水素発生反応の電極触媒として優れた特性を示します。このような2次元ランダム共有結合ネットワークは、同様の合成手法で得ることができ、ベンゾキノンをこの柔軟な非晶質ネットワーク高分子内に組み込んだ構造では、キノン部位が優れた充放電特性を示します。また、マテリアルズインフォマティクスを活用し、リチウムイオン二次電池の有機正極・負極となるようなモノマー・低分子の探索とその高分子化やナノ構造制御による性能向上を検討しています。有機材料によって既存の無機材料を凌駕するような電池性能を実現することは、資源に乏しい我が国で重要な課題となっています。

 以上のように、共役高分子の分子・ナノ構造、特に二次元構造、ネットワーク構造、柔軟性に注目した合成と構造制御方法の開拓を通じ、水素発生電極触媒や二次電池等のエネルギー関連応用における飛躍的な性能向上を目指しています。

関連論文

  1. J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 8594.
  2. J. Mater. Chem. 2012, 22, 21195.
  3. Chem. Eur. J. 2013, 19, 2284.
  4. Chem. Commun. 2014, 50, 11840.
  5. Langmuir 2014, 30, 3236.
  6. Polym. J. 2015, 47, 183.
  7. Nanoscale 2015, 7, 3466.
  8. Chem. Commun. 2015, 51, 7919.
  9. Chem. Commun. 2015, 51, 9698.
  10. Chem. Lett. 2016, 45, 324.
  11. ChemPlusChem 2017, 82, 177.
  12. NPG Asia Mater. 2017, 9, e377.
  13. Chem. Commun. 2017, 53, 7329.
  14. Nanoscale 2017, 9, 7895.
  15. NPG Asia Mater. 2018, 10, 397.
  16. ACS Appl. Nano Mater. 2018, 1, 4218.
  17. Commun. Chem. 2019, 2, 97.
  18. Adv. Theory Simul. 2019, 2, 1900130.
  19. Chem.Sci. 2020, 11, 7003.
  20. ACS Appl. Energy Mater. 2022, 5, 2074.
  21. ACS Appl. Energy Mater. 2022, 5, 8990.

関連解説記事

  1. Bull. Chem. Soc. Jpn. 2017, 90, 776.
  2. J. Mater. Chem. A 2018, 6, 23197.
  3. Nanoscale Adv. 2022, 4, 2273.

(2) 層状共役高分子を用いた刺激応答性色変化材料の開拓とセンサ応用

キーワード:層状構造・インターカレーション・共役高分子・ポリジアセチレン・刺激応答性・メカノセンサ・バイオヘルスケア応用

 層状高分子材料の柔軟性と動的機能を、層間ゲストの種類によって制御し、光・熱・力などの外部刺激を可視・定量化することを目指しています。層状無機化合物では、層内にゲストを導入するインターカレーションおよび層をばらばらにするはく離という現象について、これまでも多くの研究が行われてきました。私たちは、層状有機高分子に着目した研究を展開しています。層状有機化合物は、層状構造のインターカレーション能と有機材料の有する動的な性質を併せ持つ特異な構造とみなすことができます。この特異な層状構造の柔軟性を、インターカレーションによって制御することで刺激応答性を制御し、その外部刺激の印加量や強さを定量的にイメージングする仕組みを提案しています。

 ジアセチレン化合物の結晶では、ジアセチレン分子間の距離がおよそ0.5 nm以下であれば、結晶構造を変えることなく重合(トポケミカル重合)が進むことが知られています。ポリジアセチレン(PDA)は、外部刺激に応答してPDA主鎖がねじれることで色変化を起こします。私たちは、層状構造の層間に様々な金属イオンや有機カチオンを導入することで、刺激への応答性、可逆性、色が制御できることを見出してきました。導入するゲストによって層状の結晶構造の安定性や柔軟性を制御することが、刺激応答性を制御するために重要と考えています。

 これまでの刺激応答性材料では、相転移を活用する場合が多く、転移点付近で急峻に色変化が起こるものが多く報告されています。一方、本研究で得られる層状PDAおよびそれを用いたデバイスは、印加した刺激に対して徐々に色変化を起こすことができるため、刺激の印加量やその強さを可視・定量化することができる点が特徴的です。これにより、例えば、2次元平面および3次元空間の温度勾配の可視・定量化、樹脂のガラス転移に伴う分子運動の可視・定量化、まさつ力の印加量・履歴・強さの可視・定量化を達成しています。さらに、直接PDAが色変化を起こさないような外部刺激であっても、検出可能な刺激へ変換することで、同様に可視・定量化が可能となりました。例えば、近赤外光やマイクロ波を熱に変換することで、圧縮応力を化学刺激に変換することで、層状PDAを使ってこれらの刺激を可視・定量化できるようになりました。

 以上のように、層状ポリジアセチレンの分子・材料・デバイス設計を通じ、様々な外部刺激について可視・定量化を行っています。

関連論文

  1. J. Mater. Chem. 2012, 22, 22686.
  2. Bull. Chem. Soc. Jpn. 2015, 88, 1459.
  3. Chem. Mater. 2015, 27, 2627.
  4. Adv. Funct. Mater. 2016, 26, 3463.
  5. Chem. Sci. 2017, 8, 647.
  6. ACS Appl. Mater. Interfaces 2017, 9, 16546.
  7. Chem 2017, 3, 509.
  8. J. Mater. Chem. C 2017, 5, 8250.
  9. Polym. J. 2018, 50, 319.
  10. Adv. Mater. 2018, 30, 1801121.
  11. Adv. Funct. Mater. 2018, 28, 1804906.
  12. J. Mater. Chem. C 2019, 7, 4089.
  13. Chem. Commun. 2019, 55, 11723.
  14. J. Mater. Chem. C 2020, 8, 1265.
  15. ACS Sens. 2020, 5, 11723.
  16. Small 2020,16, 2004586.
  17. Adv. Mater. 2021,33, 2008755.
  18. ChemPlusChem 2021,86, 4563.
  19. Sens. Diagn. 2022,1, 160.
  20. ACS Appl. Mater. Interfaces 2022, 14, 43792.
  21. Adv. Sci. 2023, 10, 2206097.

関連解説記事

  1. Chem. Commun. 2020, 56, 13069.

(3) 柔軟な層状無機有機複合体のはく離ナノシート化と応用

キーワード:ナノシート・はく離・層状無機有機複合体・遷移金属酸化物・2次元材料・表面修飾ナノシート

 近年、層状化合物のはく離によって得られるナノシートは、2次元材料として注目されています。グラファイトや遷移金属カルコゲナイドなど、ファンデルワールス力で積層した層状物質は、比較的容易にはく離することができ、多くの研究がなされてきました。一方で、粘土鉱物や遷移金属酸化物など、層間が静電相互作用で構成された層状物質は、その剛直な層間相互作用により、容易にはく離することができません。そこで、先行研究では、主に水系媒質中でかさ高いイオンを層間に導入することで、溶剤の浸透・膨潤を経て水系媒質へ分散するナノシートを合成する方法が開拓されてきました。私たちもサイズ制御などを試みてはいたものの、収率・サイズ・表面修飾の制御が十分ではない状況でした。

 私たちの研究では、もともと静電相互作用によって積層している「剛直な層状構造」の層間にアルキル鎖や芳香環を有する有機カチオンを予め導入し、「柔軟な層状構造」にすることで、様々な有機溶剤中でのはく離によって表面修飾ナノシートを得る新しい系を開拓してきました。これによって、様々な有機分子での表面修飾や所望の分散媒へのナノシートの分散が可能となりました。その応用例のひとつとして、例えばアルキル鎖で修飾された酸化マンガンナノシートを、トルエン中でベンジル位のアルコールを選択的にアルデヒドへ酸化する触媒として用いると、疎水性かつ高い比表面積に由来して高い触媒活性が得られました。また、ナノシート表面に二重結合を有する分子を修飾しておくことで、様々な有機分子との複合が可能となります。本はく離手法の最大の特徴は、ゲスト分子および分散媒の選択によってはく離挙動が異なり、収率・サイズ・サイズ分布などが変化することです。しかし、これらの構造制御は、はく離によってナノシートを得るプロセスが「こわす」プロセスであり、これまで容易ではありませんでした。そこで、小規模データへの実験主導マテリアルズインフォマティクスによって、収率向上やサイズ制御が可能になりました。得られた表面修飾ナノシートは、様々な溶剤への分散、再積層やコーティングが可能であり、触媒、センサや撥水表面の作製を行っています。

 以上のように、層状構造を柔軟にして得られるナノシートを、マテリアルズインフォマティクスを活用することで制御して合成し、その応用を行っています。

関連論文

  1. Adv. Funct. Mater. 2010, 20, 4127.
  2. Chem. Eur. J. 2012, 18, 2825.
  3. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 4501.
  4. Chem. Mater. 2014, 26, 3579.
  5. Chem. Commun. 2015, 51, 10046.
  6. Phys. Chem. Chem. Phys. 2015, 17, 32498.
  7. Nanoscale 2016, 8, 11076.
  8. Chem. Commun. 2016, 52, 9466.
  9. Adv. Mater. Interface 2017, 4, 1601014.
  10. Chem. Commun. 2018, 54, 244.
  11. Adv. Theory Simul. 2019, 2, 1800180.
  12. Bull. Chem. Soc. Jpn. 2019, 92, 779.
  13. Nanoscale Adv. 2020, 2, 1168.
  14. Adv. Theory Simul. 2020, 3, 2000084.
  15. Chem. Commun. 2021, 57, 5921.
  16. Nanoscale 2021, 13, 3853.
  17. Adv. Theory Simul. 2021, 4, 2100158.
  18. Digital Discovery 2022, 1, 26.
  19. Advanced Materials Interfaces 2022, 9, 2201111.
  20. iScience 2022, 25 , 104933.

関連解説記事

  1. Chem. Lett. 2020, 50, 305.
  2. Bull. Chem. Soc. Jpn. 2021, 94, 2410.

(4) 実験主導マテリアルズインフォマティクスの開拓

キーワード:マテリアルズインフォマティクス・小規模データ・機械学習・スパースモデリング・実験主導型・データ駆動型

 近年、データ科学的手法を活用した材料の研究開発(マテリアルズインフォマティクス: MI)が、材料の種類や機能、産官学を問わず注目されています。MIとビッグデータを活用した材料の研究開発は、計算科学や情報科学に近い研究者を中心に盛んに行われています。これまでにも材料・プロセスの探索や、性能向上に関する成功事例が報告されています。

 我々は、実際の物質・材料を合成でき、自前のデータや経験と勘を持った実験科(化)学者が、どのようにMIを活用できるかに関心をもってきました。実験研究者のもつデータは比較的小規模であり、そこにどのようにMIを適用するかが課題です。我々は、スパースモデリングを活用し、自前のスモールデータに対するMIを開拓してきました。具体的には、例えば、本来こわすプロセスであり制御が難しいはく離によるナノシート材料の合成について、収率向上・サイズ制御・サイズ分布制御を行ってきました。また、リチウムイオン二次電池に向けた有機正極および負極活物質の探索を行ってきました。その他の研究テーマについても、このデータ駆動型のアプローチあるいは実験主導MIの適用を行っています。さらに、我々の手法が、他の機械学習と比べてどのような特徴があるのかについて、データ科学的な検討を行っています。

 民間企業との共同研究を通じ、真に役立つ実験主導MIの発展に向けた検討を共同で行っています。以上のように実験研究者に馴染みやすい、「スモールデータ」への「実験主導MI」の確立を目指した検討も進めています。

 なお、本研究テーマは、JSTさきがけ(マテリアルズインフォマティクス領域)、研究期間:2016年10月~2020年3月、課題名:はく離挙動を制御する指針の確立によるナノシート材料の機能設計において、開始・発展したものです。関係各位のご指導、ご支援に感謝申し上げます。

関連論文

  1. Adv. Theory Simul. 2019, 2, 1800180.
  2. Adv. Theory Simul. 2019, 2, 1900130.
  3. Adv. Theory Simul. 2020, 3, 2000084.
  4. Nanoscale 2021, 13, 3853.
  5. Chem. Commun. 2021, 57, 5921.
  6. Adv. Theory Simul. 2021, 4, 2100158.
  7. Digital Discovery 2022, 1, 26.
  8. ACS Appl. Energy Mater. 2022, 5, 2074.
  9. ACS Appl. Energy Mater. 2022, 5, 8990.

関連解説記事

  1. Bull. Chem. Soc. Jpn. 2021, 94, 2410.

Contact

〒223-8522
横浜市港北区日吉3-14-1
慶應義塾大学理工学部

Tel:045-566-1838

Mail:

お問い合わせはこちら
PAGE TOP